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<title>最近はこげなふうよ！！</title>
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<title>「共生の思想」</title>
<description> 皆様こんにちは。11月というのに日中は、たまに暑い日があります。日本の気候はどうなってるんだろうと、これから先の地球の環境が心配になります。　さて、つい先日久しぶりに結婚披露宴に招待され、出席してまいりました。若々しいご夫婦お二人を見て、自分の新婚時代を思い出しては、懐かしくまたちょっぴりしみじみとした気持ちになりました。披露宴の中で司会者の方から、新婦が「この人なら・・・。」と心に決めたことのお話
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<![CDATA[ <span style="color:#000000">皆様こんにちは。11月というのに日中は、たまに暑い日があります。日本の気候はどうなってるんだろうと、これから先の地球の環境が心配になります。<br /><br />　さて、つい先日久しぶりに結婚披露宴に招待され、出席してまいりました。若々しいご夫婦お二人を見て、自分の新婚時代を思い出しては、懐かしくまたちょっぴりしみじみとした気持ちになりました。披露宴の中で司会者の方から、新婦が「この人なら・・・。」と心に決めたことのお話がありました。その内容はというと「新郎の○○さんは大変な家族思いですが、自分の家族以上に私の家族のことも大切に思ってもらっている。」とのことでした。最近の若者にしては立派だと感心しました。（こういう私はもう若者ではないのかもしれません。）普通は「○○な男らしいところが好き」とか「私に○○な優しいとこが・・・」とか新郎新婦が夫々の良いところを言いますが、家族を思う心が新婦の心を動かしたというのは大変素晴らしいことだと感じます。またそのように思う、感じることができるのは今まで育てていただいたご両親の教育の賜物だと思います。最近はとかく個人主義的な考え方が蔓延し、自分にとって○○だから・・・と人よりも自分を優先してしまいがちです。そうする自分のことしか考えない周りの人達も、自分ではない他人のことなどを考えないようになり、人間関係に亀裂が入ってしまいます。今さらのようですが私自身もこの新婚のお二人に教えていただきました。自分達がうまくいくには、周りの皆がまずうまくいくことが、私達が生きていくうえで大切だと感じます。<br />以下は稲盛和夫氏の「共生と循環」の講演からの抜粋です。<br />～我々は何も教育を受けなくても、自分にとって損か得かはわかります。動物と同じように、皆本能としてこの「利己」を持っています。自分にとって都合がいいか悪いか、自分が儲かるか儲からないかという、その「利己」で物事を決めるのが大半です。もちろん「匂いがいいからこっちがいい」「この音がここちよい」というように五感によって物事を判断することもありますし、理性で理屈をいっぱい並べ立てて物事を推理推測する場合もありますが、殆んどは「利己」で判断します。その「利己」の対極にあるのが「利他」なのです。「利他」というのは何か？それは自分ではなく、他の人によかれかしという心です。人の喜びを自分の喜びに感じられる優しい心、人の悲しみが自分の悲しみに感じられる思いやりの心なのです。また、キリスト教で言う「愛」、仏教で言う「慈悲」と同じです。この「利他」と先ほど述べた「利己」が人間の心の両極端にあるわけです。問題なのは、すべての物事を「利己」で決めてしまうことです。「利己」だけで物事を決めていると、人生でも経営でも、はじめのうちは成功を遂げることができても、それを持続させることはできません。たとえばバブル崩壊を見てもわかりますように、「自分が儲けよう儲けよう」と思い、次から次へとうまい話にのっていくと、足元をすくわれてつまずくことになる。もし「自分だけよければいい」というものの考え方ではなく、自分の周囲にいる人たちがみんな、共に生きていけるようにしてあげたいという気持ちがあったなら、バブル景気にあれほどのめり込まなかったのかもしれません。財界の実力者で、人間的にも素晴らしかった方が、バブル景気の中で不祥事を起こし、没落していかれました。それはなぜかというと、利己的な視点で物事を見ていくと、非常に視野が狭くなり周囲が見えなくなってしまうからです。（中略）私は「利他の心が要りますよ」ということをいつも説いているわけですが、これから話をする共生という言葉は、この「利他」という言葉がわからなければ理解ができないのです。<br />◎	自分が生きるためには、相手も生かさなければならない。<br />あるアフリカの原住民の部落では、男がそれぞれ弓矢を持って総出で狩りに行くそうです。そのうち誰か一人が、シカでもシマウマでも一頭倒すと、その日の狩りは終りで、みんな狩りを止めて部落に引き上げてくるそうです。獲物を倒した勇者は大変誇らしげに獲物を担ぐなり、引きずるなりして部落へ帰ってきて、それを解体して皆にお裾分けする。その部落は共同生活を営んでいますから、食べ物が手に入ると、自分だけ独り占めするのではなく、必ずまたもらったものを自分の親戚達へ余すことなく配る。末端に行くほど肉片は小さくなっていくのですが、あっちからもこっちからも貰えますから、結局は部落全体が平均したような分配に与る。そうして、どの家でも小さな肉切れと野菜やら芋やらを鍋にみたいなものに入れて煮込んで、その日の食事をするという。そこである日本人の先生が「量が少ないのではありませんか？なにも誰か一人が獲物を仕留めたからといって、狩りを止めてその獲物を分けてもらわなくても、あなたも勇敢な狩人なのだから、自分でもう一頭倒して食べたらどうなのですか？」と聞いたら「いや、そういうことはしないんだ。誰かが一頭倒せば、その日の狩りはおしまいということになっている。確かにおまえが言うように、欲しいには欲しいのだけれども、そういうことをしてはならないということになっているのだ。」と言う。村の掟として、そういうことはしてはならないので諦めているというのです。そのことをある先生は次のように説明されました。「その部落の周辺には野生のシカやウマが生存しています。そのシカやウマは赤ちゃんを産み育て、やがて死んでいき、生まれた子供はまた次の世代を産むというように、再生産と循環を繰り返しています。それを間引きして食べる分には絶えませんけど、次から次へと、俺も俺もと言って食べてしまったら、シカやウマは根絶やしになり、今度は自分達人間が食料難に陥らなければならない。誰かが一頭倒せば、その日の狩りはおしまいということが村の掟になっているけど、それはそういう自然の摂理を知っているからではないか」<br />つまり、自分達が生きていくために必要な分として、一日一頭しか捕らない。それはシカやウマが再生産可能な範囲、循環できる範囲でしか捕らないということなのです。人間も生きなければならないけれども、自分達が生きていくためには獲物であるシカやウマも生きなければならない。これが実は共生なのです。（中略）つまり我々に置き換えれば、社会と共生しなければならないということを知っているが故に、自分だけよければいいという行動はとれなくなるのです。～</span> ]]>
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<dc:date>2009-11-12T15:41:26+09:00</dc:date>
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<title>感謝、感動！</title>
<description> 　朝晩めっきり涼しくなってまいりました。ハッと暦を見てみますと、「げげっ！今年もあと2ヶ月ちょっとやん！」ってかんじで、時の速さを改めて実感しているところです。　さて、去る10月2日に福岡県中小企業経営者協会（以下、中経協といいます）の経営塾プロジェクト委員会に参加いたしました。久々に中経協のイベントに参加をしまして、異業種の方との名刺交換や経営のお話などで有意義時間を過ごすことができました。今回は、
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<![CDATA[ 　朝晩めっきり涼しくなってまいりました。ハッと暦を見てみますと、「げげっ！今年もあと2ヶ月ちょっとやん！」ってかんじで、時の速さを改めて実感しているところです。<br />　さて、去る10月2日に福岡県中小企業経営者協会（以下、中経協といいます）の経営塾プロジェクト委員会に参加いたしました。久々に中経協のイベントに参加をしまして、異業種の方との名刺交換や経営のお話などで有意義時間を過ごすことができました。今回は、今この不況の中、増収増益を続けている、株式会社ハローデイの加治社長様のご講演でした。内容は「ハローデイの感謝・感動経営」～平成元年 売上60億 借入60億 営業利益▲1億円からの出発～でした。今にも潰れてしまいそうはスーパーを見事に素晴らしいスーパーに蘇えらせた加治社長の想いの中心には「感謝・感動の心」があったように思われます。両親に対する感謝の気持ち、お客様に対する感謝の気持ち、そして一緒に働いてくれている社員への感謝の気持ち、話のいろんな場面で「感謝」という言葉が聴かれました。その「感謝」の心の中からこそ「感動」が芽生えるということだと私は感じました。また講演の中で「あるバスの運転手さん」のお話がありましたのでご紹介したいと思います。（録音した訳ではないので、私が覚えている範囲でお伝えします。多少文章に枝葉がついてます）<br /><br /><br />～ある日、赤ちゃんを抱いた母親がバスに乗車してきました。バスの人ごみの中でゆらゆら揺れる感覚に、赤ちゃんは居心地が悪いのか、急に泣き出してしまいました。母親は一生懸命あやしましたが泣き止む気配もありません。「どうしよう、どうしよう・・・。」と母親は思いました。周りの大人たちは、迷惑そうな顔で母親と赤ちゃんをチラチラ見ています。バスの運転手さんも気づいています。たまりかねた母親は、本当は下車する予定ではない次のバス停で降りようとしました。その時です。バスの運転手さんが言いました。「もしもし、お母さん、本当にこのバス停が降りられるところですか？」すると母親は「いえ、子供が泣いてご迷惑がかかるので・・・。」といったそうです。運転手さんは「いいですよ、気にせずに目的のバス停まで乗っててください。」と言って、すぐさま車内アナウンスでこう言ったそうです。<br /><br />「ご乗車のみなさん、ただいま車内で赤ちゃんが泣いております。赤ちゃんは泣くことが仕事でございます。是非少しの間ご辛抱いただき、暖かく見守ってくださいますようお願い申し上げます。」と。そうしたら乗車している御客様から拍手が沸き起こり、「いいぞ！運転手さん！」「そのとおり！」などたいへんなご賛同を頂戴したそうです。この運転手さんは乗客の皆さんに感動を与えました。～<br /><br /><br />という話です。素晴らしい運転手さんだと思いました。バスの運転手さんの仕事は何でしょうか？安全に目的地までお客様をお運びすることが仕事です。しかしそれは当たり前の最低限の仕事です。お客様に感謝し、感動を与えることのできる仕事。これこそ仕事に取り組む真摯な姿勢だと思います。<br /><br />また、私も幼い頃、西鉄バス（当時天神～飯塚バスセンター間の急行バス）の運転手さんで大変ユニークな方がいらっしゃってそのバスに乗るのが楽しみだったことを思い出しました。普通の車内アナウンスは、次のバス停や終点までのバス停の案内は、録音されている女性の声でされるのですが、その運転手さんは、乗車いただいた方への御礼のご挨拶、日頃から西鉄バスをご利用いただいていることに対しての御礼のご挨拶なども全て、自らの肉声でアナウンスを行っていました。また次のバス停までの間が長いところでは西鉄バスの宣伝など飽きさせることのないアナウンスで乗客の皆さんを和ませていました。その口調というかトーンが面白く、車内の乗客の皆さんもクスクス笑っていたことを思い出します。昔の急行バスは呉服町のバス停の次はもう原町バス停でした。わたしは、原町で下車しようと思ったのですが、呉服町と原町の丁度真ん中くらいの距離のところで「降ります」のピンポンを押したのです。そしたら、その運転手さんは「どうかなさいましたか？」と言われました。私は「えっ？」と思いましたが、すかさず「い、いや、原町で降りるんですけど・・・」と応えました。運転手さんは「はい！かしこまりました。原町停車いたしま～す！え～皆様、ご気分が悪くなられた方もご遠慮なく、ピンポンでお知らせくださいませ。エチケット袋も車内前方にご用意いたしております。また車内におきましては回数券、西鉄バスカレンダーを販売いたしております。この機会に是非お買い求めくださいませ！」と抑揚のある口調でご案内されました。「ピンポンでお知らせ？」「カ、カレンダーも売ってんの？」ビックリしましたが、何でもない平凡なバス車内の雰囲気が一瞬にして和みました。それ以来私はその運転手さんのファンになったことは言うまでもありません。急行バスに乗るときは「あの運転手さんかなぁ？」と毎回楽しみにしてました。<br /><br />私達の仕事、いや人生においても感謝・感動の気持ちを忘れずに日々頑張って生きていかなければならないと深く心に刻まれた日でした。感謝！！<br /> ]]>
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<dc:date>2009-10-06T18:31:16+09:00</dc:date>
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<title>小善は、大悪に似たり、大善は非情に似たり</title>
<description> 日々、過ごしやすい季節となってまいりました。また季節の変わり目で御身体の調子が思わしくない方もいらっしゃるかもしれません。私も日中と朝晩の気温の差に少々、風邪気味のようです。　さて、個人的なお話ですが、私の家族は一人の妻（二人いたらまずいですよね！）と６歳の長女と２歳の長男の４人家族です。以前もお話いたことがあるかと思いますが、子供達には・・・①　朝起きてきたら「おはようございます」という親への挨
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<![CDATA[  <span style="color:#000000"> 日々、過ごしやすい季節となってまいりました。また季節の変わり目で御身体の調子が思わしくない方もいらっしゃるかもしれません。私も日中と朝晩の気温の差に少々、風邪気味のようです。<br />　さて、個人的なお話ですが、私の家族は一人の妻（二人いたらまずいですよね！）と６歳の長女と２歳の長男の４人家族です。以前もお話いたことがあるかと思いますが、子供達には・・・<br /><br />①　朝起きてきたら「おはようございます」という親への挨拶<br />②　親からの指示に対しては「ハイッ」という返事<br />③　靴を揃える<br /><br />ということを実行させています。まだまだ完全にはできてはいないのですが、ある方が子供の躾はこの３つを「つ」のつく間（９歳まで～九つまで～）にしっかり身に着けさせることで事足りるというのです。思い起こせば私も小さな頃、父親に口すっぱく言われていたことを思い出します。<br /><br />　つい先日、毎月お参りするお寺からの帰りで、自宅の玄関に入ったとき、何かの拍子で子供二人が喧嘩を始めました。泣きじゃくっていた長男は靴を脱ぎ捨てたまま家に上がりこみ、母親の元で泣いていました。<br /><br />「しょうがないなぁ。」と思ったあと、私はすぐに「それとこれとは別問題。きちっと靴を揃えさせなければ・・・。」と思い、長男を呼び、玄関のところで待っていました。当然そんな状況ではない長男ですから呼んでも呼んでも玄関に来ません。それを察した妻が長男を突き放し、「はいっ、パパが呼びようよ！靴をちゃんしてきなさい！」と言ってくれました。それでも長男はさらに泣きじゃくって母親の元から離れようとしません。５分くらい時間が経ったとき、もう辛抱できなくなり、長男を引きずりながら玄関に行きました。泣きじゃくりながら靴を並べる姿を見て、少々辛かったのですが、靴を揃え終わったあと、「よくできたね！よ～しママのとこにいこうか！」と言って抱き上げて連れて行きました。まだ半べそをかいていた長男ですが、母親の元で落ち着くことができました。<br /><br />　翌日以降、仕事を終え、夜自宅に戻ったらびっくりです。玄関の靴は綺麗に並べられています。私も家族も気持ちがいいです。あのとき私が「しょうがないなぁ。」で私が子供の靴を揃えていたらこのようなことはなかったでしょう。<br /><br />　子供を叱ることは誰しも辛い気持ちになりますが、そこを見逃すこと（小善）が今後の子供にとって良くないこと（大悪）になる。辛い気持ちを抑え、叱る（非情にみえる）ことが、実は子供にとって良いこと（大善）であるということ。「小善は、大悪に似たり、大善は非情に似たり」という稲盛和夫氏の言葉を思い出しました。<br /><br />　要は、短絡的に良かれとすることが、子供にとって本当にいいことかどうかを、真の愛情をもって見極めなければならないのです。<br /><br />　また私がお世話になっている方から届くメールの中に、「涙が出るほどいい話」のご紹介がありました。学校の先生がまさに、「小善は、大悪に似たり、大善は非情に似たり」を実行された結果だと思います。思わず目頭が熱くなります。</span><br /><br /><span style="color:#0000ff">「小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いＡ君がいた。 <br />でも、絵が上手な子だった。 <br />彼は、よく空の絵を描いた。<br />抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。 <br /><br />担任のＮ先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。 <br />冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。<br />Ｎ先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。 <br />私はＮ先生が大嫌いだった。 <br /><br />クラスもいつしか代わり、私たちが小学６年生になる前、Ｎ先生は違う学校へ転任することになったので、全校集会で先生のお別れ会をやることになった。<br />生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。<br />先生に一番世話をやかせたのだから、Ａ君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。<br />お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。 <br /><br />私は、Ａ君の言葉を忘れない。 <br /><br />「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」 <br /><br />Ａ君の感謝の言葉は１０分以上にも及ぶ。<br />水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。<br />放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。 <br />その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。<br />Ｎ先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。 <br /><br />昨日、デパートのポストカードなどに美しい水彩画と、A君のサインを発見いたしました。 <br /><br />Ｎ先生は今、僻地で小学校で校長先生をしております。 <br />先生は教員が少なく、子供達が家から２時間ほどかけて登校しなければならないような <br />過疎地へ自ら望んで赴任されました。 <br /><br />Ｎ先生のお家には、毎年夏にＡ君から絵が届くそうです。<br />Ａ君はその後公立中高を経て、美大に進学しました。<br />お別れ会でのＮ先生の挨拶が思い浮かびます。 <br /><br />「Ａ君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。<br />　みんなはもしかしたら、 見たこと無いかもしれない。<br />　ユトリロっていう、フランスの人でね、街や 風景をたくさん描いた人なんだけど。<br />　空が、綺麗なんだよ。 <br />　Ａ君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。 <br />　だけど、決して取り戻せない物ではないのです。<br />　そして、Ａ君は それを一生懸命自分のものにしようしています。<br />　これは、簡単なことじゃありません！」 <br /><br />Ａ君は、空を描いた絵を送るそうです。<br />その空はＮ先生が作り方を教えた、<br />美しいエメラルドグリーンだそうです。 」</span> ]]>
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<title>普通であることの幸せ</title>
<description> 猛暑の季節ではありますが、朝晩は幾分涼しくなってまいりました。皆様におかれましては時節柄、気温の差が激しくなりますので御身体ご自愛いただきますようお願い申し上げます。　さて、去る7月末の集中豪雨により様々な場所で被害がでておりましたが、皆様がお住まいの地域ではいかがでしたでしょうか？粕屋郡一帯はテレビでも警戒地域となり、大変な状況となりました。市内やその他の地域においても、災害に遭われた方々に対し
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<![CDATA[ <span style="color:#000000">猛暑の季節ではありますが、朝晩は幾分涼しくなってまいりました。皆様におかれましては時節柄、気温の差が激しくなりますので御身体ご自愛いただきますようお願い申し上げます。<br /><br />　さて、去る7月末の集中豪雨により様々な場所で被害がでておりましたが、皆様がお住まいの地域ではいかがでしたでしょうか？粕屋郡一帯はテレビでも警戒地域となり、大変な状況となりました。市内やその他の地域においても、災害に遭われた方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。近場では篠栗町では死者も出るほどの災害により大変な状況となりました。私も弊社の工事現場などに赴き、土のう積みをしておりましたが、近年稀にみる豪雨で、自然の力をまざまざと見せ付けられた2日間でした。<br />　「普段の生活の中で当たり前にできていること、何事もなく事が進んでいくことに、感謝の心を持たなければならない」、そんなお話がある方からありました。「私達が普段通っている道は、それを管轄している自治体や地域の方々の努力によって維持されています。通行止めになったからと言って土木事務所に文句を言う人、また災害に遭っている人の気持ちも考えず、自分の事だけで不満を言う人、なぜそのような行動や思いがでるのか理解に苦しむ」というお話です。最後にはこのように言われました「皆さんもこのような災害時に、普通であることの幸せが分かるでしょう？要するに心の持ち方なんです」<br />　普通であることが如何に幸せであるか！現在の世の中は物が溢れ、大変贅沢な世の中になっています。このことに対し、警笛を鳴らしている方々が沢山いらっしゃいますが、人は一度上げた生活レベルは、なかなか下げることができません。そうせざる状況にならなければわからないのです。いや、そのような状況になっても分からない人もいらっしゃいます。以前姉から「これ読んでみりぃ！」と言われてほったらかしにしていた本を読みました。タイトルは「夫から妻へ、妻から夫へ　60歳のラブレター④」です。これは住友信託銀行が2000年11月22日（いい夫婦の日）より実施したキャンペーンで、寄せられたラブレターには、長い人生を共に歩んでこられたご夫婦だからこそ語れる、素敵な人間ドラマがあり、毎回、感動を新たにしているものです。思わず笑ってしまったり、思わず目頭が熱くなったりで、夫婦愛をしみじみと感じさせられる本でした。その中の１作品をご紹介したいと思います。妻から夫へのラブレターです。</span><br /><br /><span style="color:#0000cc"><span style="font-size:large;">～結婚当初はあなたは「フツウノ、カテイガ、キズケレバイイネ」と空中で文字を書いたことがありましたね。私はうなずいて、そしてなぜこんなことを言うのだろうと不思議に思いました。普通って当たり前のことですから。もっと気の利いた言葉はなかったのだろうか、ちょっとがっかりしました。でもそのうち、難聴者同士の私達夫婦にとって、普通は、普通でないことに気づかされました。<br />　下の娘が学校で発音がおかしいと笑われたと、泣きながら帰ってきたときも、上の娘が話すとき一緒に手が動くと友達に笑われたと、口を利かなくなったときも、私達は途方に暮れるばかりでした。私達夫婦の会話はこれが普通と思っていたからです。<br />　普通に生きるって、本当は大変なことだったのですね。娘達ばかりではありません。私だって地域で、耳が不自由だと伝えているのに「話しかけても返事もせん」と睨まれたり、心無い言葉を浴びせられたりしました。あなたは分かっていたのですね。普通の家族を築くのがどんなに困難なことかが。でもあなたは、いつだって家族の話をうなずいて熱心に聞いてくれました。そして「オオーそれがどうした」と声高らかに叫んでくれました。あなたの底抜ける明るい声で、私も娘たちも不思議に元気が出てくるのでした。<br />　あなた長い間ありがとう、元気な声を・・・・・・。定年になった今、今度は私が明るい声を出しますね。何だか私、これが普通の家庭だったんだとやっと気づきました。～</span></span><br /><br /><span style="color:#000000">　難聴者ご夫婦の奥様が書かれたラブレターでした。<br />　じゃあ自分はどうなのか？という思いに私自身が問いかけをします。当たり前のように話ができる事、当たり前のように聴くことができること、当たり前のように目が見えること、平たく言えば五体満足であることに対して当たり前だと思っていないか？感謝の心はあるのか？昨今のこの経済状況からいえば、仕事ができることが当たり前だと思ってはいないか？三度の飯が頂けるのが当たり前だと思っていないか？まだまだ色んな思いが心をかき回しました。あぁ当たり前と思っていたことは当たり前ではなく幸せなことなんだと。ただ感謝の気持ちを忘れず日々を反省して、謙虚な心を持ち続けなければならない。そう思う今日この頃です。</span> ]]>
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<title>大人が変われば・・・</title>
<description> 梅雨真っ只中でうっとおしい日々が続きます。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか？私は今、私が住んでいる町の、町づくり・人づくりを目的とした「ＳＵＮ２かすや新風会」という会の副会長をさせていただいております。正直、今までは一会員として、時間の都合もあり、あまり参画できず、会の皆様には大変ご迷惑をおかけしてまいりました。今までこの会が行ってきた行事の中には「中学生未来会議」といって、町の議場を
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<![CDATA[ 梅雨真っ只中でうっとおしい日々が続きます。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか？<br />私は今、私が住んでいる町の、町づくり・人づくりを目的とした「ＳＵＮ２かすや新風会」という会の副会長をさせていただいております。正直、今までは一会員として、時間の都合もあり、あまり参画できず、会の皆様には大変ご迷惑をおかけしてまいりました。今までこの会が行ってきた行事の中には「中学生未来会議」といって、町の議場をお借りし、中学生を町の議員さんに見立て、中学生の立場、考えなどを町の町長さんをはじめ、執行部の皆様方にぶつけていくという内容のものがありました。この会議で中学生から提案があった内容などは実際に町としてご検討いただき実行していただいたり、大変有意義な会だと思います。これも広く町民の皆様の意見を取り入れようとする町の執行部の皆様のお考えと、中学生の皆さんの「私達の町を少しでも良くしたい」という考えと、町づくり・人づくりのために大変なご苦労を積み重ねてこられた諸先輩方のご功労の結晶だと思います。が、ここにきて今問題になっているのは、私の町だけではなく、「子を持つ大人」がいろいろな問題の根源になっていることをよく聞かされます。ＰＴＡ活動にて、学校教育の問題について、地域社会の問題について、職場問題について、そして家庭内の問題についてです。総じて共通するのは、「自分のことしか（自分の子のことしか）考えていない。見て見ぬふりをする。責任を果たさないなどなど」多くの問題があるようです。私は私の会社の事業にあります、「家づくり」を通して、ご夫婦やご家族の皆さんにお話しています。「私達の基本形は家族です。特にご夫婦がうまくいってないと子供は敏感に感じ取ります。ですので子供のためにもいつまでも夫婦仲良く頑張ってくださいね！」と。<br /><br />先日、私どもの会社でご自宅を建てていただいたお客様に晩御飯に呼ばれました。もう引退されましたが元学校の校長先生です。「篠原くん、いいか！子供は大人次第なんだ。大人がしっかりしていれば大丈夫！子供を変えようと思うのであれば、まず大人が変わらなければならないんだよ！あんたは住宅の仕事もしているのだから責任は重たいんだよ！設備や仕様はお金を出せば良いものにできるけど、だからと言ってその家族が幸せかどうかはわからんよ。あまりにも便利になりすぎて、あまりにも過剰なものはその分失っているものを人間は気づかなきゃならん。どうすればそのご家族が心から幸せな想いを得ることができるのかは、あんたしだいだ。あんたの想いを「家づくり」をする保護者の方々に切実に伝えていかないかんな。」正直、肩がずり落ちそうなくらい重く感じました。私も常々、そのような考えで「家づくり」をしていますが、お客様であるその方から叱咤激励励の言葉として色んなお話を頂戴し、改めて「家づくり」に対して、また子を持つ親としての責任を感じております。<br /><br />私共で「家づくり」においてご提案しておりますのは・・・<br />①2階に上がる階段は必ずリビングを通ってからの動線とする。<br />②	ご夫婦は必ず１つの寝室とする。<br />③	お子様には中学生までは個室を与えない。　　　<br />です。<br /><br />①	の理由はご家族の方が家に帰ってきたときに顔が見えるようにして、「ただいま！」「お帰りなさい」などの挨拶ができるようにする。また、お子様が学校から家に戻ったときのお顔の表情で子供の心を察する心がけをできるようにしたいのが目的です。<br />②	の理由は、これは反対する方も多いのですが、特にお子様がいらっしゃるご家庭ではご夫婦の行動や言動はこちらが思っている以上に子供は見て、聴いています。ご夫婦が別々の寝室に入っていくことは、子供は不安になるそうです。子供も仲の悪い親よりも仲の良い親が良いに決まっています。<br />③	の理由は、幼い頃から個室を与えることは親の目も届かなくなる恐れもありますし、現代においては引きこもりを助長することにもなりかねません。極端かもしれませんが「家族」という共同生活の一員として合宿所のような感覚が必要と思われます。<br /><br />「家づくり」について書かせていただきましたが、「家づくり」でない部分でも大人としてのあり方を考えなくてはいけません。ＰＴＡ活動にて、学校教育の場において、地域社会において、職場において、そして家庭において、大人である私達はどのような考えでどのような行動をとらなければならないのかを一人一人が思わなければ地域社会の発展はありえないと思います。<br /><br /><br /> ]]>
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